2016年10月28日金曜日

がっこ山 また転げ落ちそうになる

早朝トラツグミの鳴き声を聞きながら暗闇を歩いていたら、靴底に変な抵抗を感じなにやら草むらに入っているような匂いと足への木の枝が引っかかり石がゴロゴロとコリャやばいライト忘れてきました、目を凝らしても分からずそっとそっと後ずさりをする、危ないまた九年前の悪夢が思い出される。あのときも湯沢が種苗交換会のときです皆様には大変ご迷惑をかけたことを思い出しました。ピーィと短い口笛のような鳴き声が朝方まで林や森の方で聞こえてきます寂しい声です横溝正史の悪霊島に出てくる鵺のように不気味な声この闇のなかにはよく似合います、それでわたしも悪魔に誘われるように‥‥‥‥‥気をつけなければ。
隠居がいつも死に際を案じていますが最近、色川武大の男の生き方が宙に浮いていると書かれた文章が気になりました。亡くなったのは東北の地とあり享年六十歳。東北の地名が気になり「つれづれなるままに ひくらし ぱそこんにむかいて」の隠居のようにパソコンで色川武大(わたしの知ってる名前は安佐田哲也ですが)調べてみました。色川は長寿には関心がない、ほどよいところで、うまく死にたいらしい父親は九十七歳で他界したようです生前父親もうまく死にたいものだと言って暮らしていたようです。老衰という死に方は以外に楽ではないようです、歳とともにだんだん己の体が不自由になって、老いる悲しみとか消えそうなロウソクの火の様な恐怖感を意識しながらボロ布のようになって死ぬ気持ちとかまた畳の上とか病院のベット上で大往生とか言われながらの死に方はろくな死に方ではないそうだ。彼の思う楽な死に方は一瞬の事故死みたいな方が、一見むごたらしいがわたしにとっては楽な死に方とすると楽な死に様だったのでしょう事実彼は道路上で心臓破裂であの世に旅立ったそうです。徳川以来戦争がなくなって男の生き方が闇の浪人のように宙に浮いてしまって病気にならず事故を避けていれば皆永遠に生きられるような錯覚におちいっていると、わたし(色川本人)などは早晩、全身不随におち入りそうだと。悪戦苦闘して運を使い果たし(これはダレノコトカ)いまさら節制をしておとなしく暮らしたところで五十歩百歩とやっぱりわたしはうまく死ねるように研究をするつもりだ。
と東北の一関で亡くなったようです。色川武大をスマホで検索してみてください。人生最後にたどりつくギャンブルの王様は競輪だそうです。


 はたらきすぎでかたからうでにかけていたいらしいといいながらいそいそとかこいやらやさいのしゅうかくやらかいがいしくむこさんはがんばっていますおかげさまでしょみんのくちにはもったいないできばえのやさいをめぐんでくれますいたいのはうちのせいかもらいねんのたねまきのじゅんびにいそがしそうです。

三点倒立ですが何年と毎朝やっていますがこれは何の役に立つのですかこの間失敗して早朝ドシンバタン音を立てたのを娘に聞こえたらしく厳しく禁止令をだされ二度と失敗はするまいとイキを殺しグラキャリせぬよういつもにまして慎重にチカラをいれがんばっていますが何か身体に良いことあるのでしょうか。
明日もトラツグミを聞こうライトをもって怖ろしい悪霊の住むがっこ山さ金田一が待っている。

2016年10月19日水曜日

がっこ山 今日、天気が良いから‥‥‥‥‥どうしょうかな

最近冷えはじめ老人にはいよいよ辛いだけの季節の始まりです。気休めのクスリと強がりを言いながらも隠居は帰っていきましたが、診療所のイスに座り老いた哲学者のような顔で神妙に素直に(競輪の新聞を開いて?スマホの画面をみながら?)診察の順番を待っているのでしょうか隠居が帰ったあと「トゼネェベ」と原っぱのセッチャンからメールが来ました私はそうでもないのですが隠居をアンズル人もいるのです、摂生をしてきよさん?以上に長寿でいてください。私は神に見放せられ診療所に行く度に薬が増えてコージ先生がヨダレを垂らしながら蔓延のエミを浮かべます。
世間では紅葉が始まっているのでしょうが、目の不自由なわたしには赤や黄色でも美しくは感じません、わたしと自然との共生は遠のいて行きます。健常者とわたしのような、いろいろな障害者とのこれも格差でしょうか。






 言われたようにゴキブリ体操をしています。どのくらいの時間、ノタウチマワレバ効果が現われるのでしょうか、がんばってはみますが。




 篤農家から紅玉を頂きました、このリンゴも時代に流され栽培農家も激減して自家用に残された希少な品種ですが、頂いてもう娘に煮詰められジャムになっていました。私は食事制限されていますので心ゆくまで味合うことはできませんが、この酸味は格別においしくまた懐かしくおもえます何故か色っぽい赤い艶がたまりませんです。



 糞注意、決まった場所へ集まりワメキサエズリ急に消える。翌日どこからとなく現われまた繰り返しサワグ、賑やかなムクドリ。会話が聞きたいムクドリの世間話が聞きたい。

 アンチエイジングに中国では一日3個食べれば老いがこないらしい、こんな貴重なもの、ありがとうございます。パワーが漲ります、よしガンバリます。美容、滋養、老化防止に長寿につながる言われているようです。セツコさんありがとうございます。












 モウナイ。


2016年10月7日金曜日

がっこ山 何か工事している ムダ

晴れてはいるけど秋風がヒンヤリそろそろ暖房が欲しい、老人ですから冷え~者ですから体温がどんどん下がり新陳代謝がうまく出来ずこのまま眠りに着きそうです誰かが起こしてくれる場合もあるがソノままになってしまう場合もある、早くこの状態から立ち上がろう。現在の回複度30%。昨夜の芋の子会で大分立ち直ったのですが朝になってまたウツがうつうつと噴出してきました。食欲が無い、目が衰えると活字からの情報が殆どなくなり学ぶことができずますます老いが進み記憶が鈍く出てくるハナシは昔話ばかり、最近のことは思い出せずさっき食べた物も正確に覚えていない最近までは他人事と笑っていたが我が身と感じまた自信をなくす老人力とウソブイテはみても哀れ成。落ちるとこまで落ちその後の生活の変化に対応できる、賢い老人になるかナ、なれるかナ。

2016年10月6日木曜日

がっこ山 秋まっくら

立直ろうとアガイテハみてもどこかが不自由と思えば(例えば視力)自信がなく何をやっても先に進めない、不安定な気持ちのままで冬を迎えるにはとても厳しいイロイロ自分なりにメンテナンスに励んではおりますが年齢的に想像する老いの姿は歪めない「青年の肉体に老人の智恵を」こんな言葉があったとしても、ボケた老人には困り果てる社会、せめて老いをわきまえて生きて行こうかな。それには油を差し快適な思考のためにも550をスプレーして海馬を活性化しボケを最小にとどめよう、今日は芋のこ会だ、ナンジダッケか?

2016年9月19日月曜日

がっこ山 朝17℃涼しい

しばらく床に臥せて暫ししばし夏の暑さを避けていました。山のセミどもも鳴きやんでウルサイのは私のミミナリばかりです。国立の隠居にはまだ暑いのかと嫌がらせのメールをもらいじゃ私もそろそろ目覚めねばとグズグズ起き出した次第です気がつけば周りの田んぼは黄金色に変わり中には稲刈りなどはじまりクイニョやハサガケなどに稲を干し始めている、ことしはハタギもあまりおらず「がっこ山」の栗も不作なのかイガも落ちておりません山谷の栗園は実っているようですクマもよろこんでることでしょう。イヤな仕事しを請負い悩んでいますこのご時世に選ぶことは贅沢なんでしょうがこの胡散臭い仕事の片棒を担ぐのは気がのりません。この間、神田生れの江戸っ子が九月一杯で見切りをつけ廃業しますと言って挨拶に来られもう私も考える頃かと考えさせられました彼も持病が悪化し仕事が辛くなったと言っておりましたが、ほかにも事情があるのでしょう、私よりお若い方なので残念です。ブログ途中ですが国立の隠居からメールがあり金曜日、生ゴミを出してから来られるそうです。律儀さが表れているというか、生活臭がにじみでている感があるメールでした。朝墓参りをしてきてから粗末な朝食をしていたら来客があり昨日の約束の催促かとそれにしても随分早い時間とおもったのですが違っていました、本日は敬老の日お祝いの粗品、「紅白のまんじゅう」でしたまだ七十には早いのですが老人になるといつ何があるか予測がつかないから、早めにお祝いしてやろうと役所のこれも律儀さでしょうか。糖分制限の人だっているんだぜ‥‥‥‥‥‥次に来た来客が前日の約束の待ち人で昨日町内の避難訓練で乾杯のあと宴会になってアルコールが進み来られなかったと今日はこれから敬老会に招待されていて乾杯の音頭と挨拶を頼まれていてと追っ付け仕事を喜々と引き受け疲れる疲れると帰って行きましが身体に気をつけてガンバッテくださいホドホドにしてください。






 メが覚めたら夏は閉店でした売れ残りの写真が一杯あるのですがホンの僅かですが閉店大処分「第一弾」です。上部ゆかたは西馬音内の赤川呉服店の盆踊り用の藍染一品もの絞りゆかたです。完売のようです、是非ご予約して来年度にお備えください。Tシャツもオリジナルですが在庫あります。



 このカエルは今年の浴室の住人です夜のお勤めのようで夕方になると化粧も濃く着飾って出勤して行くようですたまに声高にナイテいるところみるとオカマのカエルもいるのかな。夜換気のため窓を開けておくとそれぞれ、シャンプーのキャップの上やスポンジたわしの上シャワーホースなどお気に入りのところに半分だけ目を開けこちらの様子を伺ってジャマソウな顔をしていますカエルの背中のパターンをみると同じ住人のようです困るのは窓枠の隅や引き戸の端などに隠れるように居るカエル浴室のガラス戸に「カエル注意」と張り紙があり住人に注意促しております。コッチ側の住人に。




 アツイ暑い熱い夏の舗装道路です、やがてこの暑さが恋しくなる秋を通りすぎすぐ冬が北国の私を閉じ込めるように上のほうからドスンと音をたててやってきます洞窟でもあったら篭りたくなってきます冬眠は究極の退避ほうですか。 


2016年7月26日火曜日

がっこ山 暑いまいにち

やまゆりを載せるのは気が引けるのだが哀悼の意を込めて。
 随分悲惨なことが意にも簡単に起きる世の中、海外の出来事かと聞き流しながら一瞬画面に目を移すと見慣れた救急車と日本語の看板、頭が混乱日本はどうかしたのかとこれもテロなのか荒ぶる若モノは何が不満なのかポケモンGOでも不満の解消にはなりゃしないのか。
 今の時代が特別なんでしょうかそんなヤルセナイ気持ちはいつの時代も同じで歌謡曲でも歌われています。ゆとり社会のボッチャン・ヂョウチャンちゃん方の甘えが引き起こすチョトシタ不満が膨らみ膨らんで自制できず気の良いヒョウロンカとか誰かがチョッと赦してくれるのかなとか回りを気にしつつヤッチャウ。
 あの方も似ている自衛がどんどん進むと「憲法×××改正」とかになったりして、皆セイシン的ケイザイ的に病んでいます。
ここから抜け出すのは2030年それとも2040年なんて私の心の炎は燃え尽きています。昨今の何年計画には我々世代は完敗のようです、でしょうね物理的にも計画的廃品いや廃人ですから。



























                              


身捨てるほどありがたいふるさとですここから出て行ったかた、身を記憶を消滅すように生息している方々ここはあの閑古鳥の啼くふるさとの終着駅、始発駅です。立派になりました。無駄にと言われないよう目指します。新幹線‥‥‥‥