2011年5月3日火曜日

ガッコ山再開

昨年より一ヶ月余り遅くなりました、想像していたように大雪の被害が目に映りました、桜も入り口で咲き始め他は固い蕾みのままそれでもカタクリやスミレなど咲いています、二の丸の斜面には椿が咲き水仙も蕾みですがまもなく咲くでしょう、倒木が道を塞ぎ迂回しながら上がって最後の沢のところは固い雪があり融けかかったところは空洞になっていて足が取られそうになります気をつけましょう、鶯など早春の鳥少し大柄なキツツキなど賑やかな五月の公園です運よく辛うじて鳥海山も眺ることができました見張り台の横には小さな山桜が咲き落葉松も濃い緑の新芽が出てようやく眠りから覚めたガッコ山です。















2011年4月12日火曜日

震災前の広田湾泊漁港


















 
小さな漁港でした朝の賑わいはいつまでも続くとみんな思っていたのでしょうが、この小さな漁港は跡形もありません。地震はいつものことある程度の津波も予想していたのでしょうが今回ばかりは予想を遥かに超えていたようです、命からがら、身一つで逃れるよりなかったそうです、もう一ヶ月も過ぎましたが依然物事は進展せず、いまだに余震も治まらず余りの被害の大きさに天罰と諦め神のご加護を祈るしかないのでしょうか、今のお上を当てにして果たして復興は進むのでしょうか、どこまで生活レベルを下げ耐えることができるのでしょうか。終戦後は国民全部が同じ出発点でしたがこの震災はゼロになった人と何の被害もなかった人と極端です、私の身内も被害に遭いその家族のためにいろいろな面であたたかい援助をしていただき、心配してくれる方々がおられとても感謝しています。
元の生活まではとても無理でしょうが少しでも近づいてもらえたらと思っています。








体育館も形骸だけが残り、瓦礫の中にはまだ行方不明の方も残っているのでしょう、河口から5キロも津波は溯ってきたようです。ふだんはきれいな流れの気仙川もごみのなかでした。

2011年1月1日土曜日

暮れから元日に

明るくもなかった2010年も暮れおかげさまでおいしい年越しのお蕎麦を差し入れて頂きかたちだけでも年を越せました。元旦もめでたくもあり、めでたくもなくそのうえ誕生日と重なり二重の喜びか‥‥‥誕生ケーキなど頂きありがとうございます。天候の方は外れてくれたのか、これから予報通りの大荒れになるのか心配です、このまま平穏に過ぎていただきたいものです。ようやく年賀状も書き上げ郵便局のポストに入れ無事配達されることを祈って正月元日は滞りなく終了です。











2010年12月21日火曜日

ガッコ山からと最近の月

凍って滑る道、不自由な左足を庇いながら転ばぬよう慎重に体重の重心に気を配りバランスを取りながらスロースローどこまでもスロースローこれでは散歩にもなりません、でもこの緊張感で少し汗を掻いたらしく背中の辺りのシャツに冷たさを感じます。山は雪が残っていて滑り途中であきらめました。もう融けることはないでしょう。春を待ちます。