2017年5月5日金曜日

がっこ山 野鳥が入れ替わった

 鳥海山に誘われて、老人をやさしく誘うように、しかし呼吸はキツイ、足の筋肉はどこにいってしまったのか、この足を動かしているのは私なのか山道に跳ね返されそうになっても老人は上を目指す、座禅のような修行(経験はないけど)いつも上り口で鳴いていた野鳥は巣立ったのかな、親のようには鳴けず、ぎこちないのがツッカエ、ツッカエ聞いている私がコケソウになるくらいの初心者がいたのですが今朝は静かです。カラスに食われたのかなカラスは強かですから音を立てずサラっていく森の最強のハンターです。森の奥からツツドリの弾むような鳴き声がします、この鳥は何に托卵するのでしたか、オスが騒いでメスが木に隠れて産み付ける相手をジーッと待っている忍耐の鳥です。いよいよ初夏の訪れです。日中になると最近鳥海山が輝いてきれいです、まだ白く輝いています、山の上からだと最近の気温の上昇で裾の方が融け出してるように見えます、そろそろ農作業が始まります、ドナタかワクワク、ソワソワしているようです、「コドシハユキガオオグテ」ようやく豆を植えたそうです、ビールのためにと。少し傾きかげんのハウスを気にしながら、何足ものワラジを履いて大変ですね。今年もお世話になります楽しみにしております。

 アオサギの足跡ですですか、北に向かう戦闘機のようです。

 あさのホテルと鳥海山です




 新しいゴミ・・・・の焼却施設です、人は減っていてもゴミのようなものは人が生活している限り減らないのです
ドッコイ田舎も生きていますョ。


 このなかに上の写真のケモノいます、老人のわたしにも動くものは分かりました、カルカ・カラレルカ世の中ツライ。なんちゃってオイイク老人です






 センサイイチグウ。めったに遇えません。夜は無人駅ですから何であんな駅舎を建てたのかこれも政治なんですか。






















 ようやく春の終盤です草の色も濃くなり、田舎も土の香りです。



ズミカナ?老人には遠目ではミヅライ急に老人にナル。

2017年5月3日水曜日

がっこ山 2013510

 あれから四年過ぎたが田舎は相変わらずと見下ろしていますが、かすかに変化しています、県の人が百萬人を切ったのです、湯沢市は五萬を切ったでしょう市長も替わりました。なにか変化が生れるのでしょうか。B’Zがスカパラが北上に来るそうです、年代からすると少数派の若者には分かっても、まったく関心のない老いぼれにはナンダベそれ、そんなところでしょうが、多数の老人にイヤイヤ迎合しこの先、親のオシメを換えることを心配しながら車椅子のロゴを貼ってスーパーに買い物に付き合い、冬は汗をかきながらダンプを押し、流雪溝の時間を気にしながら朝食を食ったり、食わなかったりして勤めに向かう若者、この先ず~っと変化はないでしょう。そこのところは変わらず辛い永遠の継続です。刈り上げ頭の北朝鮮が突然変化をしても空から何が降ってこようがそれでもこの地にへバリツキ、田んぼの水を気にしながら、ビニールハウスの温度に気を使い人が三萬切っても二萬に減っても、田舎は歴史のある良いところですから生き続けてこれからも歴史をつくり限界なんとかと蔑まれても誰かが帰って来ることを微かに期待と諦めを半々、否7:3位かな最悪8:2で待つか 私は空で神になって待ってますが。






 がっこ山の桜はまだ咲いてますダレ見に来てくれません
私たちが植えたと思われる木でも60年になって還暦です


 ズミでしょうか


 山桜がヒソカに咲いています。

 枯れ葉が降り積もって歩きやすく、音も軽やかです。

 朝が早くイチリンソウも下を向きまだ目が覚めない様子、もっと群生していてきれいです。

 エンレイソウはがっこ山では春一番早く咲きます、どなたか薬草として植えたのか沢山見られます。



 サンショウウオが孵化しています。上の方にわずかに見えます。
 さすがナルシスト一輪だけ、健気な水仙



 雪椿と山吹の競演




 駅と消防署の競演、消防署が中央病院跡に移るそうです。

血圧、気になります 120って載っておるでござる。 

2017年5月2日火曜日

がっこ山 八十八夜になちゃった

 ようやく冬眠から目覚めたとおもったら、サクラが咲いてカエルはないてタゲリは夜中に騒ぎ朝はヒバリが囀り、隠居はこれだけはと選手権にいちゃうし(どうだったのかな)、相変わらずがっこ山に上っては健脚ぶりを見せつけ、体は弱った弱ったとウソブキ、ダウンのジャケットを着てはいるが風邪も引かず北国生まれだけあって基本は丈夫な寒冷地仕様、さすが訳あってタバコは止めたようです。やはり辛い吸いたいと言ってますがそこは堅牢な意志で乗り切っているようです偉いなぁ、酒のほうは相変わらずおいしく飲んでいるようですが量は少なくなってきたようです。
 お互い年齢も重ね、何種類かの薬物中毒者となりイシキはしっかりしているつもりですが、今サッキの行動にイササカの不安を感じ僅かながらに行いを省みて反省点はなったか、あの行いは正しかったのかと、いつも賢い孤独な老人のふりをして世間の哀れみにスガルように、あぁと天を仰ぐことの無いように老いを悟られないよう、それを万全に繕いながらも気丈に残りのトキを弱いふりと純粋なふりをしたりして、狡猾な老人を演じて生きながらえたら、いつも会っては己のボケ自慢で笑いあい、サゲスミあい八十ン歳の死亡欄を見て現実の怖さにオノノく最近ですが。
ドッコイ!老人は老い易くてもまだまだ学べるのじゃ と強がっては見るがちょっと最新の情報にツマズクとやはり脆い、あせった老人ほど哀れな生き物はない檻の隅っこにヘバリツキ、イジケこれでもかと落ち込む、ほかに気を紛らはせることが苦手、厄介な生き物です、それはウツ気味のウツが持続している私です。
 不思議ですがこんな北国の田舎に都市計画課なる部署があってどうでもいいような、山にアスハァルト舗装の道を作っていますがどんな生き物が利用いたすのでしょか。コズルイ狐でしょうか狸の皮を被った偽員様でしょうか、山に入ったことの無い人がどのような計画を図っているのか疑問です、自然以外何もない田舎になぜ舗装の道路作る必要があるのか不思議です。自然の山道に粉砕した木屑を敷いてどう勘違いをしているのかあれで自然を演出しているのかとおもうと滑稽なはなしです。敷いた方々あの不思議な道を歩いてご覧とっても変な感触とヌカルミを歩いている変な音、周辺の羊歯など随分削りとってしまわれました都市計画課とは少し以上にホンジネのか、偽員がどこかタリネノヵ。