2017年4月1日土曜日

がっこ山 ホーホー ゴロスケ ホー ふくろう鳴く

早朝がっこ山に行ってみたら期待どうり、フクロウが鳴いていた、初めは上町の辺りかその後お寺の方行ったのか声が遠くなってやがて見張り台の辺りでホーホーホーと間をおかずやや激しく鳴きそして二の丸へと移動してやがて鳴き声が聞こえなくなった昔絵本で見て文字として想像していた声がそのまま聞こえてくるのは面白い、姿を見たのは何十年も前のことで同じ朝ですがもっと明るいときで、その時は声を聞くことがなかった、枝に留まっていたのが音もなく林の中に消えていったのが、がっこ山で見た最初で最後でした今年は何回か声を聞いては、いましたがその後小雨であったり小雪が降ったり会えなかった。今朝は少し冷えてはいたが爽やかな朝でこれはと期待していましいた。今朝も暗くてまだ無色、無音、早い春なので無臭。宇宙空間とはこんな感じなのかな、昨夜は下弦の月が見えたけど今日の早朝は生憎の曇り空、星も月もない暗闇のなか小さな懐中電灯を頼りに老人のおぼつか無い視力でヨボヨボとした足取りでやや急な坂に心拍数を上げ血圧を上げながら行くと大沢の稲荷の辺りからホーホーホーとフクロウに声を掛けてもらって元気が湧いてきました。
最近手からモノがよく滑り落ちます、上手の手からではなく老人の干からびた手からモノを落としたり新聞など上手く捲れないのは、娘に言わせると老人性乾燥なんとかと言うらしい、右と左両手にモノを持つと今どっちのものを優先して置くのかを一瞬考えてしまったり、徐々に行動に間が空くのは痴呆の始まりだったりなかなかモノの名前が出てこなくなったりそれも十分、二十分も経ってから、あ~あれだったとか最近とくに頻繁になってきました、特にブログなど忘れてしまいます隠居からまだ冬眠中なのかとメールをもらいますが,ヒョッとすると冬眠していたのかと思えるほど記憶もフットンでいます集中力も落ちて仕事でも単純なミスを繰り返しますまた最初からやり直します反省してをしてはいますが自分を責めませんどうせ年だからと慰めはします。
周りの雪が溶け田んぼの畦も見え始めました、まだヒバリの声はしません間もなく来る気配はします小さな羽虫が飛び始めました川の魚も鳥も元気に現われるでしょう、私のような老人も心浮き浮き花の咲くのを、緑の芽吹くのを心待ちにしていますョ!
七十過ぎて兎角、疲れます心労というのでしょうか体力的にでしょうか、これからの人生のために〇〇体操をしましょうとか、脳トレだとか文字で見たりお節介な方々に言われますがアリガトウゴザイマスそれなりに年齢を重ねれたらいいのです長生きなの、ボケないためとか、少しはホオッテおいてクダサイマセンカ、衰えていくのはしょうがないこれ以上張り切れませんです。どうせ今から世間のお世話になってゴメイワクヲお掛けしますので、ヨロシク。なんて意地悪じいさんに徹するつもりはないのですが最後の強がりをと。一番下はいつの間にか出来た駐車場選挙にあわせたのか冬の間に山のなかに出来ちゃった。除雪しながら遣ったみたい,価値あるイミノ無い駐車場だべか。
サクラ今、部屋の中で

2017年2月3日金曜日

がっこ山 太郎も次郎も寝てしまったか



ようやく明日の決起集会に使用する予定のリーフレットのデータ終わったつもり、まだ校正の段階これ以上は納期が間に合わない決起集会をズラスしかないのだろうが支援者の都合もあるだろうし、私は責任を被れないし「どぎゃんしたもんだべ」今朝はマイナス3℃そんなに雪も積もらないのだが除雪車が路上の掻き集めた雪の塊を運動しろよとばかりに置いていきやがる、老人には腕力も無ければ握力も衰え、まして脚力もオボツカナイ僅かな凹凸にヨロヨロと、除雪車の磨いていく道路にツルツル靴を滑らせ、これ程の運動は無いのだが何度も言うが老人には冬は危険すぎるまして屋根の雪下ろしは生命を懸ける作業です、大袈裟なと最近まで笑っていたが、ある歳に出あわせば同じ、追いついたかと出るのは深いため息、寒さで深い吸い込みは倒れそうになる。零℃になると道路の圧雪も緩みこれもまた厄介で歩くのも気をつけねば「ピッパネ」掛けられるし融けかけた雪が滑る老人また危ない
どこに行っても、なにもしなくても老人は危ない、節分の夜は何もしなくても豆をぶつけられ、恵方巻きなど買わされこれも迷惑な話、落花生でピーナツ味噌でも作って食いたい。静かな節分の夜です、校正の直しが来る前に風呂入って寝るべかな、仕舞い風呂だべな。




2017年1月31日火曜日

がっこ山 睦月最終日

昨年切って花瓶に挿したおいた菊が今頃咲き出しました。水だけで生きられるものだと同じ生物として感心しましたいろいろ不満はあったのでしょうが咲いて見せるという使命感があったのでしょうか貧しいなにもない北の国に一輪の花でもと暖かさをもたらしてくれているのでしょうかチョットの目まいや痺れなどで二割負担に軽減されたなどと喜んでる場合ではいけないのかと反省してみたりして。暖かいなどと口に出してしまったりすると天からしっぺ返しがきそうで、心の中に気づかぬふりをして四月ころまで仕舞い込んでおくのも狡猾な老人の賢い対応かな。今頃になってウィンドウズに手間取っていますフォントはどこソフトはどことオドオドしながら学んでいますあまりにも親切で教えていただけるので誰に感謝していいものやら、反抗期の子なら「ほっといてくれ」とグレてしまいそうです。

羽後富士ですあさぼらけの薄暗いときに老人の凍えて震える指を使い、霞む目めを凝らして写しました。六時前です老人にとってはそんなに早くはないのですが他の老人に聞くとラジオの深夜便から起きているらしいタダ寝床を抜け出せないのか出ないのか賢い老人に成長しているようだ、小便もコラエテ、コラエテ飛び起きるそうだ。老人ですから飛び起きるといってもとてもスローモーションでしょうが上手を取った若乃花の投げのように。
これは出羽富士です日曜日娘に乗せられて山形に行った帰りに緊張の助手席から取った一枚です夕方でしたからオボツカナイ老人の目から防雪柵の一瞬の隙間からの一枚ですこの柵は延々と続いてこれを某国の国境に張り巡らせれば安い経費で工事も上がるのではそれでも某国は支払いは拒否すると思いますが、道路には完璧に除雪され乾いていました真冬の道路とは想像できませんでした。それでも緊張はしましたが。


残った姫りんごにいつもこの季節ヒヨドリがピーヨ、ピーヨ泣き声も高くやってきます、またしても老人ですのでピントがあっているのか不明です老人がもたついてので奴らもコバカにしてこっちミイミイ、老人よ来れる者ならなんて目で雄たけびを挙げ啄ばんでいます。

2017年1月11日水曜日

がっこ山 きょからであきらめました

朝除雪車の音でアァ雪がついにきたかと、もう一月も十日も過ぎ雪が降らなかった今までに感謝しあきらめるしかないとストーブを点けたら室温は五度そんなでもないかと燃え上がるのを待っていたがやはり寒い、外に出て除雪車の残していった雪の塊りを非力なわたしがスノーダンプを使い全身で押すのだが塊が重い、これが冬のスポーツと思えば力も入いるし実際心地よい運動です。
 九日の日郵便局に年賀状を出しに行く。暮れから手がけてはいましたが正月に入ってもグズグズと自分に言い訳をしながら進まずプリンターのせいにしたりインクがどうとか言いながら、ようやく出来上がりました。いつものひとりの友人からも今年はまだ着いてないことに宛名を書きながら気がつき、お互い歳だからと、四十数年よく毎年書いていたもんだ彼は六十過ぎて会社を譲り都会から信州の山奥に移住を決断しましたが冬の寒さとまわりの人との付き合いに慣れずウツになってしまったと何年か前の年賀状に書いてあったのを思い出しまたまた症状がでたのかなと心配をしておりましたが、十日郵便受けに、今年から医療費が二割に軽減になった知らせの郵便はがきと一緒に彼からの年賀状が入っていたとコタツに上がっていました。今回の年賀状もいつもの彼らしいデザインのハガキでした、いつものように表の面に小さな文字で近況を書いてあり最近は入退院の繰り返しであまり体調もよくないと書かれていました、私より一つ下ですが同じ高齢者になって、余り無理をしたら危ない年代であることには変わらないでしょう都会を離れて気楽な余生をと思って自然に囲まれた信州にと思って来たところでしょうが、心や体に与えるいろいろな変化になかなか順応するのには上手くいかず歪となってしまったのでしょうか。そろそろ七十代適当にがんばれ無理するなと言ってあげたい。お前もな!飛べもできないのに羽ばたくな埃りが舞うだけ、お前も少しはがんばれ。 「はぁ~い」

                                                 
 雪と風で公園の木々がよく見えませんカラーのはずですが高齢者と同じモノトーンの世界です。ヒカリがほしい。希望のヒカリが准高齢者に。       



雪がとか、寒いとか言ってないで、進んでヒカリを灯しましょう‥‥‥‥そうか、そうか、神は老いたるヒツジは救いませんあとは安いジンギスカンか不味いスープぐらい、悟りなさい、分をワキマエなさい‥‥か。あなたがたは主を求めよ。そして生きよ。さもないとキリストは‥‥‥なにを言いたいのか。寄付の少ない都合の悪い老人はジャマらしい神は強欲なのです。宗教法人なのです。強欲なのです。外はまだ吹雪いています、雪も降っています、老人は疲れて眠りにつきます、昼なのに。   待ち人来ず、昨日から待っているのだが、の~んびりと。



2017年1月8日日曜日

     謹賀

失礼な話しトリは三歩進むと物事を忘れるなどまるで今の私を揶揄するが如く言われていますがケッコウ記憶力があり一度虐めたことをいつまでも覚えていてアタマに飛び掛られたことがあります、子供のころには町内に放し飼いのトリがいました、長閑な時代でした。トリの御利益には火災除け、眼病平癒などがあり人とトリとの付き合いはとても長いようです、ニワトリが泣き叫び、天岩戸が開き日本の夜明けが始まったと西馬音内の盆踊りでも唄っていました。庚申様もサルとトリを祀っていたようですトリ目を治癒してもらうためとか、鳳凰の雌雄と雛は家内安全を願い、何でもトリ込む縁起から商売繁盛祈願などとりどりです。「鶏肋」とはトリのあばら骨はわずかなところから、食べるところはないが捨てるにはしのびない、役には立たないが捨てるには惜しいと「ケイロク」とてもオイシイ部位らしいです、そんな老人になれたらと准高齢者が言っています。
少しでも世のため超高齢者まで生きていいものやら、トリこし苦労でしょうか、アタマフリフリ羽ばたき飛ぶことは無理ですがファイトファイト掛け声だけでもと酉年の新年に念じております。 

fight2017 闘鶏の起源は古くモヘンジョ・ダロの遺跡から発掘されているそうです、世界中で闘鶏は行なわれていてトリは神事には欠かせないだったようです。その後、近代スポーツのボクシングのルールでは闘鶏を基にして作られたようです。トリはチキンハートではなかったようです。

 幸せと平和のシンボルハトが飛来してまいりました、これは幸福とみるべきか、あなた次第と申うされました。ジーット我慢の正月です。


繫がったツルですが‥‥‥これをジャマだから捨てて良いものかいつも悩みますあの千羽ツルの如くズルズルと引きずって行く甲子園の球児の姿を見ているとウレシイのか迷惑なのか複雑な気持ちになり、私も折られたツルを見てとても複雑です。








2016年12月31日土曜日

がっこ山 今日も工事中、69サイナラ

ことしは数字で行ったら34点、残念な一年ですあと数時間でどうなるものでもなくジーィとミミナリがなるのをガマンして過ごします。

 来年の日捲りを頂きました、届けてくれた彼のレヴェル4の友人が来年どうか分からないので西馬音内のそばを食べに来たともう一人の友人と来たそうです一方の友人もキャリアで手術したばかりと病類相憐れむ、レヴェル4の友人の顔色は優れず心配だといっていました、そばは完食して行かれたそうです。そばのように細くてもなが~く繋がっていきたいものです。
 最後の一枚がストーブの温風に揺れています、今朝一枚引っ張ると溜まっていた切れ端がパラッと落ちてきて、この一年は儚いごみのように散って‥‥‥
来る年はどなんでしょうか?明日からいよいよセブンティーンか!そう勘違いしよう、ボケたかってか。 
      

 今日の午後です晴れて一年最後の日はありがたい天候でした。

 これで人並みに年を越せますありがとうございました。謹んで頂きます今年一年お世話になりました来る年もよろしくお願いいたします。

長男の嫁さんの実家から明石の焼き鯛頂きました。本人たちは渦潮を見ながら徳島で正月を迎えるようです、暖かいだろうな。
こっちといえば、明日の元旦は冷えそうだ、風邪ひかないよう早く寝ようかな。

2016年12月2日金曜日

がっこ山 痛恨のミスから立直る

 ケサレタガゾウカコガナクナッタこの年になって自分で消すとは不覚。自然に消えてなくなるのに。



もうすぐ後期高齢者。実感。16GBのメモリカード消してしまったのだが、その悔しさが時とともに甦って来る!消してしまった数日間は失敗したな、ぐらいでそんな心に悔しさは残らなかったのだが時間が経つとモッタイナイことしたな、なんてマヌケな失敗をしたな、ンダから早くHDに移すべきだったとか16GBだからまだまだ入るなどとマヌケナ驕りとマヌケナ安心感が引き起こしてしまった。今年最大のミスこれは仕事上では起こしたことのない有りえないミスなのだか。仕事の上の事故ならデータ回復などしてみるのだが下手な写真では諦めもつきます。それでもなぜか自分の過去が消されたような気もするのだが‥‥‥‥今の自分なら例え消されたたとしても誰一人として悔やむ人もなく、気づく人さえもないでしょうが。もうカレンダーは最後のページに、師走になり、日捲りは薄くなり温風の風にオトをたて揺れてます来年のカレンダーが丸まって置かれていますが果たして私には必要なんでしょうか、毎朝今日は何月何日何曜日といいながら血圧を測り書き込むこの記帳が何時まで続くのでしょうか永遠に続くとは思えないしどういう形で終わるのかも希望としては良い方へ向かっては欲しいのですが、このブログも書き始めてから3日経ち、4日経ち、途切れ途切れ続いてそろそろアップしようかな‥‥‥今、外は強い風と氷雨ですそれでも外気温はプラスの2℃ありました、体感温度はマイナスです冬の寒い朝です、室温は9℃、少々指先が凍えます。
お隣の国が騒いでいる隙にアベナイカクは好き放題この国こそ民主国家なの?と疑ってしまう、支持率60%を越えたとメディア言う、その数字は確かなのか一方のミンシュを支持する値がないからと言う理由ズケであるらしいのだが真実はどこにあるのでしょうか。報道が正確なのか偏向しているのでは、お隣の国や米国をオモシロ,オカシク伝えて私など知りたくも関心もない情報が溢れて自分の国が向かっていることを正確に伝えて欲しいもんです。ネットから判断するしかないのか、ネットも新聞から拾ったことを勝手にンダベぐらいに責任の感じられない怪しいライターモドキが無責任な己の注釈で書いているのでしょうが正しいことはナンにもネットか。

 あまりヤクにたたないらしい、「カラスウリ」でもこの形は心が落ち着きます隠居と山の帰りに撮った一枚です温泉の車庫の裏に張り付いていた、あの時はまだ青々としていましたが今は黄色でした、やがて赤くなり信号のように止まれ、老人には辛いイロもうウリものもなく堕ちていくのみ。
鳥海山もジョジョに白い部分が下におりて来ました、最近あまり全容が見えずもう全山白く染まって眠っているのかな「山眠る冬」わたしもア
ヤカリタイ、あやかりたい静かに眠りたい昨日暖かかったのでカエルが鳴いていた、ウチによく来るフロバカエルだったのか。なつかしい。